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夢✨

  • Writer: Hana Farah
    Hana Farah
  • Oct 12, 2018
  • 5 min read

アメリカ

 ロサンゼルスで開催される、

素晴らしすぎる豪華すぎるショーにゲストとしてオファー頂きました

 主催 しりん ラクス様

 プロデュース Dr Samy Farag

私がベリーダンスを始めたきっかけは、

 仕方なく。。

でした

 アラブ音楽も知らなかったし、 

 そもそもベリーダンスがどんな踊りかもわからなかったし、

 どこの踊りかもわからなった。

 ようは、

踊りならなんでも良かった!!

好きとか興味があるではなく、

 プロになる事だけしか考えてなかった

初めてベリーダンスのレッスンを受けた時、

 何??この眠たくなるようなつまらない音楽

でした。

担当した先生の音楽チョイスが悪かったのだと思う。

 らくだの動きをやっても、 

(アンジュレーション)

いったいこの動きがどお踊りに繋がるんだ

と、全然好きになれず。

 とりあえず1週間毎日プライベートレッスンを受けてみた。

 1週間後、のちに最初の私の先生になる、

 落合ゆみ先生

が、エジプトから帰国し、ゆみ先生のレッスンを受けてから少しずつ、私がむきになり始めた

  でもそれは好きにはまだまだ程遠く、

 出来るようになりたい

 と、言う野心だけ。

ある日ゆみ先生から、

 はなちゃんはベリーダンス好き?

私→う~ん、、、あまり。。。

ゆみ先生→エジプトでFestival があるから行ってみたら?

私→行きます!!

ベリーダンス超ビギナー、知り合いいない中、

 一人エジプトで開催されたFestival に参加

英語も話せないのに~

 Festival システムもわからず、ピックアップサービスついてるの知らず、

 自分でタクシーに乗りホテルへ。

今考えたら危なすぎる

 無知ほど強いものはない!

じゃなくて、怖いものはない!

ちなみにWS の意味もわかりませんでした

 もう笑うしかない爆笑。

初日のWS でとある男性ダンサーのWS で、

 やっと

ベリーダンスにFall in Love

に。

 恋は盲目

私の全てがベリーダンスに変わりました。

 夢の中でアラベスクしてたりね

私はみんなとベリーダンス界に入ったきっかけが違いすぎて色々温度差を感じます。

 感覚的には、

ロシア人に近いかも。

 プロにならなきゃと言う目的。

Want to

ではなく、

Mustだったので。。。

 今思えば違う安定した職業でも良かったかも

今の私があるのは、

 落合ゆみ先生のアドバイスがなければ、ベリーダンス続けてないです。

 世界を最初に見てしまったので、日本に帰国してから、

 遅れを取り戻すには、

留学しかない!

と、ダンス専門スクール

 スウェーデンに留学。

朝から夜までダンスダンスダンス。

 贅沢な学びを7年間。

スウェーデンはアラブ文化がたくさん入っていて、

 アラブの移民も多く、家具なんかもIKEYAの家具よら、アラブの家具の方が多く、

 スウェーデン後と

 アラビア語

同じだったり

 路上でバイオリンやアコーディオンを弾いている人がたくさんいて、

 バイオリンやアコーディオンは日常の音‍‍

だから、スウェーデン人は、

 アコーディオンバラディー、タクシームバラディが得意なんですよ

 ベリーダンスにのめりこんでから、

 ジェットコースターのような人生になり、

刺激強すぎの人生

 今は年間4本の海外遠征をこなせるようにまでなり、

 やっと。。。ですね。

私のベリーダンサーとして大きな出逢いが、

 Dr Samy Faragです。

 Cairo Nights

公演で、Dr Samy は私を見つけて下さいました。

 ショーの後、

メッセージをくださり。。。

 君の踊りに才能を感じた

 体が良い

 動きが丁寧でセクシー

 カリスマ性がある

 振り付けセンスが素晴らしい

 性格がナチュラル

と、一つ一つコメントを書いて下さり、

 メッセージを開いた時、

びっくりしすぎて、ドッキリかと思いました

  君をプロデュースしたいので、旦那さんと宿泊先まで来てと言われて、

 何が何だかわからず。。。

モスタファに頼るしかなく。

 そうして話は私がついて行けないくらい凄い早いスピードで進み、色んなオーダーをされます。

 プロデューサーが今だーと思った時の勢いって凄いスピードで、

エジプトのお金で有名になったプロデューサーとは、質が違う

 エジプトに住んでなくて良かった~。

 ださいテレビ番組にただで使われ、しかも視聴率0に近い

 ベリーダンサーをいやしい目でしか見てもらえない、

 言ってしまえば

 価値なし!扱い。

エジプトに住んでいても、絶対トップスター達と同じ場所で働けなかったし、

 警察にいつ捕まるかわからない中ドキドキした生活。

 人格否定されまくる生活。

日本の舞台だったから、見つけてもらえた私。

 とは言え出逢いはわからないけど。

トッププロデューサーの要望は想像を遥かに越えるもので、

 すでにモスタファに、

弱音をはいてしまうほど。

 モスタファはそんなわたしに、

Habipty 頑張れってはぐして

  くれません

シカトです。

自分の選んだ道だし、

 今までと同じなわけがない。

変われる自分を楽しみに前に進む!!

 ベリーダンスに恋した時と同じ気持ち

Dr Samy が滞在中、欲望の塊ダンサーからメッセージが何回も来てました

  貴方のホテルに13時に行けるわよって。

Dr Samy は返信してませんでしたが、

 こうして攻めて行くんだな~とメモメモ

私は媚びを売るの嫌いなのでしませんが、

って言うか出来ないんだよね。。。

 だからモスタファは私を選んでくれた

(いきなりのろけ)

 ようやく私が目指してきたところのスタート地点に立ちました

 ここからが私のダンサーとして、

 ただのダンサーで終わるか?

  目指してきた夢をつかむか??

の、境界線に立たされている時だなと思います


 
 
 

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